台湾在住の人気No.1日本人タレントの「夢多 MONDO」こと大谷主水さん(以下、夢多)と在台マーケティング会社起業歴10年目のインバウンドの達人・CAKEHASHI Corporation代表兼台北経済新聞編集長の秋山光輔(以下、秋山)が、自らの経験を元に、間もなく収束を迎えつつある台湾の新型コロナ防疫対策の成功の鍵を振り返る。アフターコロナの台湾から日本へのインバウンドの回復に向けて、日本のインバウンド関係者が今取り組むべき課題についても提言。司会進行役は台湾在住のライターで音楽家の馬場克樹(以下、司会)。
1.台湾の新型コロナ対策の封じ込め成功の鍵
台湾の防疫対策の速さと官民一体の危機感は経験値の強さに由来
司会:台湾ではこの50日間、国内症例の新規感染者が連日ゼロを記録し、新型コロナ情勢は収束に向かいつつあります。プロ野球観戦やイベントの実施も記名制等の条件付きですが解禁となりました。今回の台湾の防疫対策の特徴や世界が学ぶべき点について、まずお話しください。
夢多:台湾はSARSの経験があったので、いち早く対応できました。行政の役割分担も明確で、国民も相当な危機感を持っていました。普段台湾では、政治やメディア、世論が大きく2つに割れる傾向がありますが、人の命に関わることや自分たちの国を守るべき状況での判断の速さ、一体感は特筆に値します。外国人の自分からは「台湾人アイデンティティー」がはっきりと見えました。
秋山:台湾版CDC「疾病管制署」の対応の素晴らしさやIT大臣の活躍が、今回は日本でもニュースになりました。日本も含め、広く世界に台湾の存在を知らしめることとなったのと同時に、台湾が国際社会に貢献できるとの明確なメッセージも伝わったのではないでしょうか。日本はSARSやMERSの経験が無かったため、どうしても後手に回らざるを得ないところがありましたが、今回は台湾の「経験値の強さ」が際立ちました。バレンタインデーの前後に幕張メッセでインバウンドEXPO2020が開催され、対台湾インバウンドについて講演会を行う機会をいただき、日本へ出張し台湾に戻った時のことです。まだ2月22日に日本がレベル2の「警戒」対象国に指定される前でしたが、既に空気感が違っていました。台湾人の家族からは「2週間の自主隔離」を相談されました。家族や同僚への感染のリスクを考慮し2週間自ら隔離を行い、日本との温度差を痛感しました。これが台湾スタンダードなのだとの気付きにもなりました。
夢多:台湾ではMRTや台湾高速鉄道などの交通機関、公共施設はもちろん、ホテルやデパート、オフィスの出入り口でも検温やアルコール消毒が徹底しています。先日、自分もテレビ局での収録に遅刻しそうになり、全力で走って行ったのですが、体温が37.6度まで上がっていて入り口で止められました。
秋山:それも台湾の経験値でしょう。日本も今回で経験値を積んだので、防疫ガイドラインが整備されることを期待します。日本の水際対策に対しては、当初台湾では心配する声も多かったのですが、最近の日本の感染者数の減少を見て、日本に対する安心感は回復傾向にあります。世界的にも感染のピークを越え、台湾政府からは10月1日から国際線の便を段階的に開放していくとの発表もありました。状況によっては前倒しで実施する可能性もあり、日本のインバウンド従事者にとっては明るいニュースです。国際線が開放されたら日本人にも台湾に来てほしいですね。
夢多:インバウンドとアウトバウンドの両方があって本当の国際交流です。これからはインバウンドとアウトバウンドの垣根が無くなる時代が訪れると思います。相手の価値観や習慣への理解が一層進み、相互の交流が定着する時代をインバウンド関係者は意識する必要があるでしょう。
2.台湾のエンタメ業を中心とした経済への影響と回復の兆し
題材の海外から国内へのシフト、補償金申請で活路
司会:台湾のエンタメや観光、飲食業界はこの数カ月、厳しい状況が続きました。一方、生き残るための各自の工夫や政府からの補償によって改善の兆しも見られます。夢多さんの芸能活動への影響はいかがでしたか?
夢多:自分はテレビ局からの番組出演と自分のYouTubeチャンネル運営の2つの仕事があります。テレビのレギュラー番組は、皆さん外出できず家にこもっていた影響で、むしろ視聴率は上がりました(笑)グルメ番組の『食尚玩家』は、たまたまコロナが流行する前に、海外ロケを外し、国内ロケでテレビ局直轄制作番組のみ出演との条件で再契約をしたことも幸いしました。バラエティー番組『2分之一強』も元々、国内収録のみでしたから影響はありませんでした。
司会:YouTubeチャンネル『夢多TV Mondo TV』の方はいかがでしたか?
夢多:こちらは、海外の仕事が一切できず、チャンネルの勢いが止まってしまいました。秋山社長の会社とは、何年も前から日本での対台湾向けインバウンド施策の仕事で頻繁に提携してますが、それもコロナの影響で2月以降はキャンセルが続きました。数万元あった広告収入も数千元にまで落ち込み、一時はスタッフの給料も他の収入から補填する状況でした。ただ幸いなことに、この番組は企業との業務提携が多かったこと、全て国内ロケの番組に切り替えたこと、タレント仲間や他のYouTuberたちとのコラボ映像を増やしたことで、再生数も上がって持ち直しました。つくづくピンチはチャンスだと思いました。
司会:文化部(文化省)の補償制度は利用されましたか?
夢多:はい。申請した結果、自分の会社にも11万元(約40万円)の補償金が下りました。確定申告の時期に間に合い、大変助かりました。台湾政府には感謝しています。補償金制度は2月の末にはもう動いていましたから、政府の対応も早かったです。台湾のためにまた頑張ろうと思いましたよ(笑)
台湾人の切り替えの早さとメディアリテラシーの高さ
司会:ところで、台湾の人々は概して楽観的で、受容性、多様性、機動性に優れていると思います。こうした台湾人の気質が、今回どのような影響があったと考えますか?
夢多:切り替えが早いと思いましたね。先日離島の澎湖島に行ってきたのですが、台湾の人々は海外に行けない今、国内旅行に目を向けています。往復の飛行機のチケットに民宿、浜辺での伝統的な漁の体験等のパッケージが手頃な値段で売り出され、予想以上の国内観光客が訪れているのを見てたくましく感じました。台湾の緩やかなラテン的気質の中にも、自然な形で国内の経済が動いていることに感心しました。自分が出演している『食尚玩家』でも、従来の台北、台中、台南、高雄といった大都市だけではなく、東海岸の花蓮や台東、離島もロケ地に選ばれ、改めて台湾の自然の素晴らしさを見直すきっかけにもなりました。
秋山:台湾の人々は受容性と多様性のバランスが絶妙だと思います。ニュースやSNS情報に敏感でこれらを上手に収集し、時にシェアしながら、それを取捨選択し、自分で真意を判断するというリテラシーを持っています。台湾人の妻は10年ほどブロガーをしていますが、インフルエンサー同士で情報を共有し、皆それぞれのプラットフォームで読者に向けてシェアしていましたね。自分だけは大丈夫との思い込みに陥ることなく、コロナにかかるリスクとうつすリスクの両方を回避し、個人個人が責任を持って行動していたのが印象的でした。
3.アフターコロナの台湾から日本へのインバウンドの展望
台湾の親日は「流行」ではなく「文化」
司会:日本のインバウンドに話を戻します。新型コロナの影響で台湾の人々の親日度に変化はあったのでしょうか?「日本ロス」という言葉も聞きますが、その実態はどうなのでしょうか?
秋山:訪日外国人のインバウンド上位3位の中国、韓国、台湾のうち、台湾の親日ぶりは歴史的背景に起因します。K-POPや韓国ドラマが好きという類の「流行」ではなく、祖父母世代から引き継がれた「潜在意識」としての親日なのです。今回のコロナ禍では、日本に対して様々な見方もありましたが、日本好きは変わらずです。アフターコロナでも台湾からのインバウンドの復活は早いのではないかと予想されています。
夢多:台湾での親日は「流行」ではなく「文化」ですからね。
秋山:日本ロスで日本の味が恋しい皆さんが、台湾の日系の居酒屋に押し寄せていますね。夢多さんの「たこ焼きバー もん」にも本場のたこ焼きを求めに来ていますよね?
「たこ焼きバー もん」の様子
夢多:はい。外国人観光客相手の店は厳しいですが、地元客相手の店はうちの店も含めて回復は早かったですね。
秋山:また、Stay Homeの掛け声で星野源さんの「うちで踊ろう」が台湾でもコラボ映像がアップされていましたし、オンラインゲームの「どうぶつの森」では、台湾好きの日本人が澎湖島を再現したり、日本好きの台湾人が日本の温泉や和服を演出したりして盛り上がっています。
日本人が再現する台湾の様子。上は以前訪れた澎湖島の豆花店を再現したという。(提供=にうない さん)
台湾人が再現する日本の様子。着物を着用し、京都旅行での旅館を再現したという。(提供=MILK さん)
自然のフル活用、相手の習慣に寄り添ったインバウンドへの転換
司会:アフターコロナには、台湾の人々は日本のどこに行こうとしているのでしょうか?
秋山:台湾の皆さんは慎重な面もあるので、当初は感染者がほとんど出ていない地方が盛り上がるのではないかと想像していました。ところが、先般Airporter社が4月24日~27日に外国人の観光に関するアンケートを採ったところ、アフターコロナで観光したい国は日本が1位で、地域については、東京、大阪、京都がベスト3でした。相変わらず都市部に関心が高かったのは意外でしたが、日本に対する思い、買い物への関心、新しい文化体験への欲求は薄れていないのだと感じました。その一方、地方にとっては、自然の美しさをフル活用した新たなコンテンツを作るチャンスだと思います。台湾の人々は日本の自然を求めています。宮崎駿のトトロの世界のイメージ、日本の田舎にどこにでもある風景が新鮮に映るのです。すでにそこにある景色、食べ物、飲み物、人、素材を、どう五感を通じて体験してもらうかが鍵です。そして、相手の国をもっと知ることです。たとえば、台湾の食習慣に配慮し、冷水を飲まない方には白湯を提供する、氷抜きを選べる、残った料理は持ち帰りができるなど、相手の気持ちに寄り添った体制を整えていくことも必要ではないでしょうか。日本観光庁(JNTO)も受け入れの体制として「広域周遊観光促進のための新たな観光地域支援に関する専門家派遣事業」を昨年度より行っています。私も今年国土交通省観光庁から台湾市場インバウンドの専門家として任命いただきました。そのため、今後は地方創生を目的に地方にもアドバイザーとして積極的に訪れる予定です。
夢多:自分の店のたこ焼きは持ち帰ってほしくないとのこだわりがあったのですが、それは自分のエゴだったのかもしれません。以前はラーメンの持ち帰りなど考えられませんでしたが、今はこれまでの常識が崩れ変化しています。これは新たなスタート、ビジネスチャンスでもあります。
秋山:もう一つは、日本の屋内での完全禁煙が進んでほしいですね。台湾人、特に家族連れや非喫煙者にとって分煙では不十分です。昨年あたりからオリンピックの関係で多少進展はしましたが、屋内禁煙はもはや世界のスタンダードです。
司会:最後に日本のインバウンド関係者に向けて一言ずつメッセージをお願いします。
秋山:台湾の皆さんはやっぱり「日本に行きたいんです!」
夢多:コロナ禍で踏み止まり、この時期をプラスの方向で体制整備ができたところは、これまで以上に需要が集まり、ビジネスチャンスが拡大すると思います。台湾を理解し、日本のことも理解してもらい、アフターコロナに向けて万全の準備をお願いします。
司会:本日は自分たちが台湾で暮らせることのありがたさを感じることができました。また、アフターコロナのインバウンドに向けて、数々の示唆に富んだ発言を頂きました。ありがとうございました。
夢多さんと台北経済新聞メンバー
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