世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大する中、台湾とパラオ間で4月1日、「トラベルバブル」が始まった。4月1日現在、両国共新型コロナウイルスの感染を抑えることに成功しており、パラオに関しては感染者がゼロだった(5月5日現在。5月31日、初の感染者が確認された)。4月22日には台湾の居留証を持つ外国人のトラベルバブルへの参加も可能になったことを受け、台湾居留証を保持する日本人が経営する台湾現地法人誠亜国際有限公司の社員ら5人が5月5日~8日、日本人で初めて台湾-パラオ間のトラベルバブルに参加した。
*現在、トラベルバブルは台湾での感染拡大により休止中。
台湾−パラオトラベルバブルの概要
トラベルバブルとは、経済的、社会的に結びつきの強い国、地域同士が一つのバブル(泡)の中に入り、その枠組みの中で新型コロナ感染拡大を防止しつつ、旅行の選択肢の幅を広げる取り組みのこと。
台湾-パラオ間ではトラベルバブルが始まった4月1日、チャイナエアラインが水曜・土曜、桃園国際空港-パラオ国際空港間で定期便の運航を始め、8社の台湾旅行会社が3泊4日または4泊5日のツアーを販売した。販売価格は3泊4日20万円弱から(5月5日現在)で、販売開始当初の30万円前後からはかなり値下がりしているものの、コロナ前のおよそ1.5倍以上の価格となっている。
出発前と帰国後のPCR検査が義務付けられており、出発前の検査はツアー費用に組み込まれたものが多いが、帰国後は自費で2万円前後がかかる。パラオ到着後の自己隔離は免除されるが団体ツアーへの参加が必須で、自由行動はできず、安全証明の認可を受けた施設しか使えない。
いざパラオへ
実際にツアーに参加してみた。出発の3日前までにパラオ政府のエントリーシートと健康声明書をウェブ上で入力・登録したうえで印刷して持参し、桃園国際空港へ向かう。空港にはPCR検査を受ける関係で、出発の11時30分より4時間以上早い7時に第2ターミナル出発フロアに集合。10時30分、PCR検査結果判明後、搭乗手続を経て出国手続へと移る。この際の動線は他の一般旅客と同じで、出国審査の有人・自動ゲートの選択や免税店など一般的な搭乗行程と変わらない。
ガランとした桃園国際空港国際線出発ロビー
機内
通常通り搭乗時間に合わせゲートへと向かい、搭乗手続きを行う。乗客は皆マスクを着けての搭乗。機内での座席は基本的に3列シートの中央を空けての割り振りだった。CAは簡易防護服や防護ゴーグル、ゴム手袋を着用。食事提供の際はゴム手袋の上からさらに一枚透明のビニール手袋を着用していた。機内食は鶏肉か魚で、普段と変わらない様子だった。ドリンクの提供はペットボトルの水かコップのお茶またはコーヒーのみで、アルコールやソフトドリンク類の提供は無い。
機内の様子
パラオに到着
16時20分に到着後、入国審査。税関でエントリーシートと健康声明書を提出。パラオではトラベルバブル観光客以外に入国者はいないため、空港職員はマスク着用のみで緊張した様子は全く見られない。他の利用客がいないため、空港内のあらゆる店は閉まっていた。空港を出ると各グループそれぞれの現地ガイドに従い、それぞれのバスでホテルへ向かった。
参加者5人のみで貸し切りとなった中型バス車内で、中国人現地ガイドから注意事項の説明を受ける中、10分ほどでホテルへと到着。入り口で検温とアルコール消毒をした後、防護シートで覆われたカウンターでマスク着用のスタッフからルームキーを受け取る。3階建て75室のホテルの宿泊客はツアー参加者5人のみ。施設内のスライダー付きプールでは現地の人が数人、子連れで遊びに来ていた。
パラオ国際空港
観光開始
2日目朝よりガイドの引率の下、泥パックで知られるミルキーウェイやクラゲに囲まれて泳げるジェリーフィッシュレイク等、パラオの人気スポットを訪れた。海に出るまでの動線は決められており、ホテルからバスで移動。ランドオペレーターの施設内でシュノーケリング器材を準備し、再度バスで政府指定の船乗り場へと移動した。器材準備時にはガイドや地元の人と少々距離を取りながら交流もできた。
船上には政府から派遣された操縦士とガイド、ガイドの同僚の3人が付いた。皆久しぶりに海へ出たため興奮している様子だった。
コロナ対策としては、乗船時にはマスク着用、海に入る時は外すとのことだったが、一度海に入ってしまうと顔が濡れてしまうので、ドルフィンズパシフィック等施設内に入る以外は船に上がっても外しっぱなしにせざるを得ないというのが現状だ。シュノーケリング時はガイドのビート板につかまるため、シュノーケルマスクをしているとはいえガイドとの距離は近くなる。
どのスポットも他の観光客がいないため、ツアー参加者5人で独占状態。ガイドは「ジェリーフィッシュレイクは生態保護のため封鎖していたが、2019年に再開された矢先コロナ禍に見舞われたため、今はとてもいい状態でクラゲを見ることができる」と言う。
政府指定の船乗り場
レストラン
夕食は台湾人が経営する台湾式居酒屋、いわゆる「熱炒店」。壁に防疫説明のポスターや安全証明のステッカーが掲げられていたが、入店時のアルコール消毒や検温は無かった。別卓ではツアー参加者とは別の20人以上の団体が食事をしており、お酒も入り、マスク無しで宴会状態に。店員もマスク着用はまちまちで、コロナ対策が万全とはいえない。安全証明の制度はあるものの、普段対策をする必要がない土地で確実に浸透させることの難しさを感じた。
外食先の店内
ショッピングモール
食後はツアー行程の一つとしてパラオ最大のショッピングセンター「WCTCショッピングセンター」を訪れた。入り口のアルコール自動噴射器の他、レジのビニールカーテン、レジ内店員のマスク着用など、感染対策は取られていたが、荷出しや袋詰めの店員はマスク未着用の人も見受けられた。現地の一般客はアジア人含め一人もマスクをしておらず、マスクを着けていたツアー客は一目でトラベルバブル観光客だと分かる。しかし特に警戒されることなく、逆に笑顔であいさつされたり、「パラオは安全だよ」と話しかけてくれたりと友好的だった。
パラオ在住の方の声
3日目はパラオ在住日本人に現地の話を聞いた。以下、現地ガイドの話も交えた現地の声を伝える。
主要産業が観光業であるパラオでは、コロナの影響で60%程度が失業することとなった。しかしアメリカからの手厚い支援があり、ボート操縦士等対象業種のパラオ人がWIOAというシステムを通じて助成金を申請すれば、本来の給料を大幅に超える300万円程度が支給される(パラオでの一般観光業従事者は月収10万円程度)。しかしパラオの国民性として、一度に大金が支給されると、すぐに使い切ってしまうようで、昨年、街なかで急激に新車を目にする機会が増えたようだ。
パラオ在住の外国人に対しても支援はあるが、もらえる額はパラオ人のように十分ではなく、切り詰めた生活を送らざるを得ない。現地ガイドは、2020年4月にパラオに観光客が入ってこなくなってからトラベルバブル再開までは、毎月約400ドルの補助金で何とか切り詰めて生活していた。話を聞いた日本人は観光業に従事しているが、エンジニアであるため仕事量は減ったが収入が完全に無くなった訳ではなく、減額された給料に補助金の補填はない。観光が収入源であるドルフィンズパシフィックは、イルカの餌代を確保するためのクラウドファンディングによる支援で何とかしのいでいるという。
トラベルバブルについての地元住民は特に気にしていない、というのが実情だという。補助金で生活はできており、観光客が行くところと生活圏ではほぼ接触がなく、生活に特に影響がないからだ。ただ感染に対する心配はあり、ショッピングセンターでの買い物を、観光客が立ち寄らない日中に済ませる人も多い。
「台湾からのトラベルバブル参加者の一部が、自由行動が禁止されているにもかかわらず、勝手に出歩いて夜景の写真を撮っていた」という話も聞くという。
パラオでは医療が発達しておらず、高度な医療技術が必要な場合は、グアムや台湾へ出向かないと治療が受けられない。もしパラオにコロナが入ってきたら、1週間程度で医療崩壊してしまうのでは、という懸念もある。
政府の対策
宿泊施設やレストラン、小売店がトラベルバブル観光客を受け入れるには、感染症対策プログラム(Pandemic Certification Program)を完了させ、安全証明を獲得する必要がある。合格するとSAFE FOR YOUとかかれたステッカーを店頭に掲げることができる。4月30日時点で144の施設・団体がプログラムを完了させているが、認可自体に費用はかからないものの、従業員への教育や消毒等の設備等費用出費などのコストはかかってしまうこと、来訪者がまだ少なく、認可を受けてもすぐに売り上げに反映されるわけではないため、安全証明獲得に積極的ではないところもあるという。参加者への制限も多方からの意見を聞いて日々更新しているようだ。例えば当初はショッピングセンターへの訪問を、一般客が帰った後30分、トラベルバブル参加者に開放するとしていたが、お金を支払う側がなぜ制限を受ける必要があるのかという声を受け制限を無くした。
徹底された帰路
最終日は午前中に公園や伝統的建築物を観光した後、行程には無かった雑貨店に行きたいとガイドへリクエスト。安全証明を確認後、無事に土産を購入できた。ホテルへ戻った後、各ホテルスタッフやガイド、バス運転手へ感謝と応援の気持ちを込め多めにチップを渡す。
空港へ向かう前、パラオ国際空港で提出する健康声明書へのサイン、台湾入国用の衛生福利部入境検疫系統をスマートフォンで登録する必要があったため済ませておく。
パラオ国際空港
17時前にパラオ空港へ到着。台湾からの引率ガイドに従い受付を済ませ、健康声明書の提出、荷物預け、出国審査手続を行う。出国審査後は免税店付きの待合室で搭乗まで待機。審査業務を終えた空港職員はマスクを外してリラックスしていた。
機内
機材は往路便と同様だったが、往路便と比べ前方に密集した座席配分で、3列シートに3人座っている光景も見受けられた。機内食は鶏肉麺か魚煮込み飯、デザートに黒糖タピオカアイスが用意され、周りの台湾人もクスリと笑っていた。
桃園国際空港
無事到着しスマートフォンの機内モードを解除すると、入境検疫系統登録完了確認のSMSを受信した。ボーディングブリッジを抜けた後は、全行程グランドスタッフの引率の下、全てトラベルバブルツアー客向けの決められた動線に従って行動する。その間、スタッフは無線でツアー客の経過状況を報告・共有しており、全行程スムーズかつ安全に進められた。
トラベルバブル観光客専用通路
指定の待合場で一般旅客とトラベルバブル参加者に分けられた後、トイレに行きたい人は指定された化粧室に同時に向かい、用を足したら待合場に戻る。その間にも職員の監視がある。
トイレから戻り参加者が全員そろったところで、各団体に分かれて行動する。それぞれにチャイナエアラインのグランドスタッフ1人が付き入国ホール手前まで向かう。脇には地面の消毒部隊が待機。
免税店の前で空港職員による入境検疫系統登録の確認後、トラベルバブル参加者専用の免税店に立ち寄る。免税店の店員は簡易防護服、マスク、ゴム手袋着用。入店時に検温と手の消毒がなされる。その後、入国審査、手荷物受け取り、税関を抜け、到着ロビーへと向かう。到着ロビーには消毒部隊と、警備員が待機していた。トラベルバブルの参加者かどうか、帰宅方法などを聞かれた後、各乗り場へと誘導される。相乗りは2人までという制限があった。専用タクシー乗車後、乗り場職員がタクシー後方から乗車確認とナンバープレートを撮影し記録を残す。こうして台湾の徹底されたコロナ対策の下、無事台北の自宅へと戻った。
トラベルバブル観光客専用乗車案内、桃園国際空港にて
帰国後の不便
トラベルバブルから帰国後14日間は「一般自主健康管理期間」に入る。症状が無い限りは交通機関の利用は可能だが、バイクやシェアサイクルで通勤し、外食はせず持ち帰りのみとした。インターネットでPCR検査の予約を行い、帰国5日目に検査を行った。2日後に陰性と判明しホッとしたのもつかの間、報道の通り、現在台湾では市中感染が激増し、自主健康管理期間終了前に台湾全土がさらに厳格な警戒レベル3の防疫措置の強化を行っている。
参加者の感想
・高額な参加費
特殊な状況下のため仕方ないが、ツアー料金が開始当初の30万円から大幅に下がったとはいえ、通常時の1.5倍以上の金額はやはり割高に感じる。帰国後のPCR検査も少なくない出費。
・帰国後の不便さ
自主健康管理期間は隔離ではないにせよ行動制限が多く、会社勤めや子どものいる家庭では周囲の目も気になるのでは。
・宣伝不足
ほとんどの台湾人の友人は隔離免除であることを知らなかった。恐らくニュースの断片的な部分しか見ておらず、「隔離前提の海外旅行が再開された」という誤ったイメージが広がってしまっているのだろう。台湾政府肝いりの施策だけに、宣伝はもっと強化すべきだと思う。
トラベルバブル開始以来、パラオ商品の売れ行きは非常に不調だが、やはり上記の3つが大きな理由では? 旅行会社も既に悲鳴を上げており、現行の知名度と価格面でどこまで市場が持ちこたえられるだろうか。
・ツアーの制限
フリータイムの自由な外出ができないのと、現地オプショナルツアーは全員参加が義務付けられているなど、一定の制限があるのが仕方ないとはいえ不便を感じた。一方、監視や管理はほぼ無いため、ホテルからこっそり抜け出してもとがめられることはなかっただろう。
・現地でのコロナ対策の不十分
コロナ対策認可を受けたホテル・レストラン・スーパーなど、アルコール消毒やレジの仕切りなどの対策は一応しているが、店員がマスク未着用であるなど、現地の人と接触できてしまう場所も多く、こちらから現地の人に移してしまっては大変だと全行程でのマスク着用に注意した。トラベルバブル参加国がよほどコロナを抑えられていないと、移してしまう危険性も否定できない。
・地元民の反応
地元の人々に恐れられたり避けられたりしている感じはなく、笑顔で非常にフレンドリーな態度で接してくれた。知っている中国語や日本語で話し掛けられたのも印象的だった。
・観光地、ホテル、全てが貸切状態
他の観光客が一切いないため、どの観光地も貸切状態。トラベルバブルでしか味わえないであろう貴重な体験となった。
現在チャイナエアラインのパイロットがコロナ陽性となったことから、全パイロット検査のためフライトが行えずトラベルバブルは停止している。併せて現在の台湾国内の感染状況を踏まえると今後の再開には時間が必要かもしれない。ただ、今回の参加で、パラオ観光業事業者のこれまでの苦労と観光再開への切実な期待を感じずにはいられなかった。全世界でこの疫病が一刻も早く収束し、安全な旅行ができるようになることを切に願う。
世界のトラベルバブルの動き
世界では新型コロナウイルス流行後、感染が比較的抑えられている国を中心にトラベルバブルを進める動きが出ている。ヨーロッパでは昨年既にバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)などの国でトラベルバブルが始まっている。台湾、パラオ間に先駆けて、オーストラリアとニュージーランド間でのトラベルバブルが4月19日に始まった。両国では厳格な入国制限やロックダウンにより、封じ込めに成功している。
一方、香港、シンガポール間では5月26日、トラベルバブルを開始する計画だったが、シンガポールでの感染拡大の影響により、少なくとも6月13日まで延期になった。昨年11月にトラベルバブルを始める予定があったが、香港での感染拡大により延期されていた。今回で2度目の延期となる。